全くの未経験、何をするかも分からずに医療現場へ入職した私。
配属先は、4FのA病棟。
社会的入院(当時は、特養の順番待ちの方が多く、代替えの方法として病院へ長期入院されていた)のお年寄りが9割以上入院されている病棟だ。
初めて制服に袖を通す。
採用面接の際、その場で制服のサイズをはかった。
「とういことは、採用?」(心の声)
その時、淡々と事が進むので深くは考えなかった。
採用面接から1週間後、男子更衣室で自分に与えられたロッカーの前に立っている。
ここは、看護助手も白衣の制服を着る。
サイズは、ピッタリだ...。
朝、8:30、病棟のフロアミーティングが始まる。
主任の看護師さんが集まったスタッフに声をかける「今日から働く、こ〜たろ〜(実際は名字)くんです、この仕事は初めてなので色々教えてあげて下さい」
そう言った後、私の方を見て軽く頷きながら合図をした。
(自己紹介ってことだな...)
「こ〜たろ〜と言います、宜しくお願いします」ペコリ。
「今日は、Yくんに一日付いて仕事を教えてもらって下さい、Yくん、よろしくお願い!」主任さんがYさんに言うと、Yさんがニッコリして「分かりました」と頷く。
Yさんは、とても真面目そうな方だ...。
午前中の3時間ほどYさんに付いて回ったが、見るもの全てが初めてのことばかりだ。
横文字の医療器具名や触ったことのない機材の操作方法の説明を聞き、簡単な業務から順番に教えてもらった。
覚えることは苦手ではない方だが、まるで別世界へ来たような感覚であり、数日間はメモ帳がかなり活躍した。
昼休憩後、食事の終わった患者さんの排泄介助とオムツ交換(この時代はこう表現していた)に回った。
Yさんは、手際よく数名の排泄介助をこなす。
「さて、次は、オムツ交換だね」Yさんは、私の方を見て言った。
何も分からず「はいっ」と返事をする私。
1人のお婆さん(この時は素人なので率直にこう表現するのが1番近いかな?)が寝ているベッドの前に来た。
「カーテンを閉めてくれる?」Yさんが言う。
「はいっ」
ぐるっとベッドを囲むカーテンを私が引くと、Yさんが優しくお婆さんに笑顔で挨拶をしている。
ニッコリ笑うお婆さん。
Yさんは、お婆さんの耳元に近づき「ちょっとお下を見させて下さいね」と周りには聞こえない程度に声の大きさを加減して優しくゆったりとした口調で声をかけた。
頷くお婆さん。
Yさんが、お婆さんの掛け布団をゆっくりと剥いでいく。
布団をまくって直ぐに何か異臭が鼻をつく。
「ん?、何だ?この臭い!」(心の中で思った)
Yさんは、お婆さんのパジャマのズボンを下ろしオムツカバーを外しながら私に「下用タオルを2〜3本取ってくれるかな」と、声をかけた。
直ぐ横の台車から下用タオルをとり、Yさんに手渡す時にお婆さんの臀部が汚れているのが目に入った。
臭いの原因は、この汚れだった。
私は、他人の便を間近で初めて見た...。
慣れるかな...。
一瞬、怯んでしまったが「やるしかないっ!」心の中で自分に言い聞かせた。
3チームに分かれて回り、30分程で排泄介助とオムツ交換が終わり、患者さんも落ち着いたところで、1番広い病室の真ん中に車椅子で移動できる患者さんが15人程集まり内側に向かって円になった。
(はて?何をするんだろう?)
こうして患者さんたちを見ると色々な方がいる。
うなだれて寝ている方や、手を叩いている方。
歌を唄っている方や、誰かに話しかけている方。
認知症の症状なのだろうが、私は全くの未経験者。
ただ、見ているしかなかった。
そんなざわついた中、1人のベテラン女性スタッフが患者さんに聞こえるよう大きな声でこう言った。
「はいっ、皆さん、今から新しく入ったお兄さんが、何かしてくれますよ〜っ!」
(ん?、えっ?)
(えっ?、聞いてないよ?)
「こ〜たろ〜くん、円の中に入って!」ニッコリ笑顔で私を見るベテラン女性スタッフ。
でも、目は笑っていない...
午前中から一緒に回ってくれていたYさんが、ため息をついているのが見えた。
もう1人、若い女性スタッフがその場にいたが、(えっ?いきなりフル?)と言うような表情で口を手で押さえている。
(あっ、皆さん聞いていなかったみたいだな...)
出勤初日、ベテラン職員から、いきなりの洗礼を受けた...。